仕事嫌いタイ好き借金男がタイ人と国際結婚しタイ移住

32歳借金持ちのサラリーマンがタイが好きなあまりタイ人と国際結婚し、タイ移住の夢に向けて日々の生活を綴るものです。

因果応報は、あると思います。

サワッディーカップ!!

tad(@tad20160724)です。

 

最近、ふと思ったんです。

自分自身が悪いと思いつつ、自分にとって悪いこと(犯罪じゃないよ)をやっちゃうんですよ。

そんな時、決まって嫁からネガティブキャンペーンLINEが送られてくるんですよね。

ほんまに不思議に感じていたんですよ。

 

ということで、今回はスピリチュアルな事象を信じる人及び信じない人に向けて記事を書きました。

スピリチュアルな事象に対して無関心な方は流してください。

 

不思議ですが、因果応報はあるんだと信じています。

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因果応報とは

前世における行為の結果として現在における幸不幸があり、現世における行為の結果として来世における幸不幸が生じること。

 出典:三省堂

 

仏教用語ということで、非常に堅苦しい定義ですが、要は良い行いをすれば良い結果を生み出し、悪い行いをすれば悪い結果を生み出すということです。つまり、原因が結果を生み出すということから【因果】という言葉が出来上がったんでしょうね。

 

この因果関係ですが、なんとなく私たちのイメージでは、短期間のものと捉えがちですが、本来の仏教的な捉え方としては現世から来世までという非常に長い期間で捉えることになります。

つまり、原因部分が現世での行いであり、来世で結果が現れるということです。

これを輪廻転生(りんねてんしょう)なんて言ったりするとのことです。

 

日常生活の中で因果応報について考えた

何気なく過ごしている日常生活の一つ一つの行動が、将来の自分自身に与える影響って、半端なく大きいんじゃないのかなと最近感じるんですよね。

当然、努力した分だけ結果となって現れるというのはもちろんそうですが、それ以上に運が良くなるというか人生が好転するような感覚になるんですよね。

  • たまたま入った飲食店で将来の嫁となる女性に出会う
  • 突発的なクレームの電話を受けない
  • FXで勝つ
  • 仮想通貨で大儲け
  • なぜか早起きできて、休日を有意義に過ごせる
  • 自己研鑽に精力的に励むことができる

また、逆もしかりで…日々の課題をサボったりしたら、当然に悪い結果になりますが、それ以上に日常生活の中で悪いことが起きるんですよね。

  • たまたま受けた電話がクレーマーの電話だった
  • FXが予想と反対に動く
  • 休日、ダラダラと過ごし疲れが溜まる
  • 自己研鑽に励む気が起こらない
  • 嫁がネガティブキャンペーンを始める

これって、普通に考えたら偶然や気持ちの問題じゃないの?って思いますよね。

tadもそう思っていたのですが…

 

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自分の中の悪が善に勝った時に限って、突発的な不運に遭ったり、倦怠感に悩まされる

例えば、

  • 今日は、絶対に語学の勉強を3時間はする
  • ダラダラ性欲を満たす動画を見ない
  • 今日の飲み会は、必ず終電で帰る
  • 外食はしない、自炊する

など、自分のため、嫁のために上記のような誓約をするとします。

誓約を守るということは、【善】ですよね。

自分にとって、善い行動をしているからです。

 

しかし、人間は弱いもので、悪が善を勝ることが多々あります。

そんな時は、決まって嫁からのネガティブキャンペーンがあったり、たまたま受けた電話がやばいクレーマーだったり、やる気が起きずダラダラと非生産的な時間を過ごしたりと、精神が病むような状態になります。

 

逆に、自分にとっての善い行動をしたときは、充実感に満ち精神的にもポジティブになるなど、何かと調子が良くなります。

 

これだけ読むと、ただの気持ちの問題やんって思いますが、tadはその気持ちの問題すらも因果応報の力によるものなのかなと思っています。

 

善い行動をすれば、その行動に「因」(よ)り、善い結「果」がもたらされるのです。

 

善い行いに「応」じて、吉や福を「報」いる。

 

当然と言えば当然かもしれませんが、言葉の奥深さ、さらに言うと仏教の教えというのは、物事の本質をついていると感じます。

 

 

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まとめ

仏教という宗教であるだけで、なんとなく怪しいなぁ~って感覚になります。

特に日本は怪しい宗教勧誘なんかが、はびこっています。

正直、無理やり宗教の良さを押し売りしてくるような輩のせいで、宗教=悪という構図をイメージしている人はかなり多いと思います。

何を隠そうtadも完全に宗教は胡散臭いものという認識を持っていました。

 

しかし、タイ人と嫁と結婚しタイの本当の文化に触れた時、

【タイ文化=仏教=タイ人の人柄の良さ】

という構図になることを知りました。

 

そのようなタイ人の心に根づいている仏教の精神に対して真摯に向き合えば、日本人であるtadも仏教(もっと言えば宗教)に対してネガティブなイメージが無くなり、仏教の本質について考えるようになりました。

 

そんな中、悪い事を行えば悪い結果が、なぜこうも立て続けに起きるんだろう?と考えました。

そのとき、これは【因果応報】なのかと?思ったんですね。

 

仏教(宗教)に対して否定的な考えなら、真剣に捉えることはなく、あくまで偶然が連発して起きただけと思ったでしょう。

しかし、日常生活レベルで仏教が浸透しているタイで仏教について肯定的に捉えられるようになった今、偶然ではなく、【因果応報】だ。と思うようにしています。

 

要は、何が言いたいかというと、自分が善いと思う行動をしようってことです。

 

おしまい

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